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寄稿

2018年7月1日号 「卯の花」 鶴岡市本町一丁目 花筏 健

「卯の花の匂う垣根に時鳥早も来鳴きて…夏は来ぬ」の歌が、何処からともなく流れ来るころである。この歌は明治29年に佐々木信綱の作詞とか。今聞いても違和感がなく、ついつい口ずさんでしまう良い歌である。しかし歌詞の中には奥深い言葉がちりばめられていて、果たして小学生にこの歌詞が理解されていたのだろうか…と思うことがある。
 『ふるさと』の「ウサギおいしかの山…」の歌詞を、私のように「ウサギの肉は美味し…」と理解したまま大人になったりはしなかったのだろうか。その反面「時鳥」が「ホトトギス」と読むことを覚えたのはこの歌のお陰であったと思われるから、時には冒険が必要なのであろう。これが学校唱歌に指定された頃の子供たちは、ちゃんと理解したのかとやや心配になるが、こんな高度な歌詞になったのは教育者たちの欲目ではないのだろうか。しかしこれをそらんじたとしても、その後の生活や会話にこの言葉が登場しなければ、いつしか記憶から消え去ってしまうものである。  卯の花は「ウツギの花のこと、この木は幹が空洞なことから空木と書いた…」と植物図鑑は説明している。ウツギは、普段振り返られることもない地味な小木だが、小学校の運動会頃になると小さい白い花を開き特長のある香りを放って人々を振り返らせる。その香りは春先のジンチョウゲや秋のキンモクセイなどのように『芳香』と表現される万人好みの香りではなく、自己主張が強過ぎて好む人と嫌う人に分かれそうだ。私は嫌いではなく、来年も開花を待ちたいから剪定をする。今年も枝を切っていてふと切断面を注目すると、この木には空洞がないのに気が付いた。長い間ウツギだと思い込んでいただけに驚き、一体この木は何と言う名前だろう。ウツギの中にはこんな空洞のない種類もあるのか…、と植物図鑑を開いた。どうやらウツギではないようだが、正体は不明のままである。頭の片隅にこのような疑問を残して歩いていると、普段は見過ごす物でも目の中に入って来ることがある。泉町で幹の直径が20㌢もある太いウツギに出会った。ウツギは垣根などにされる細い幹の木を多く見かけるが、こんな立派な木はとても珍しい。思わず足を止め、咲いている花に鼻をくっつけ「もしや香るウツギではないか…」。しかし空振りであった。
 この木は簡単に折れる軟らかい木…と思っていたら、実はつい最近まで家具屋はこの木を削り、木製釘にして用いていたとか、それほど硬いのである。硬すぎるが故に折れやすい、それを防ぐためにこの木は空洞を造るように進化したのだろう。
 幹に空洞がなく、香る花を咲かす我が家の木はいったい何物だろう。こうなったら「歩く植物図鑑」こと水野重昭さんに教わるしかない…と決心し、花のついた小枝を携えてお伺いした。一目見るなり「これはイボタノキ、モクセイの仲間です」と即答した。さらに歌詞の「匂う」には、香りが漂うことの外にも「色が際立つ」とか「他の色が染まる」、「光沢がある」、「花がつやつやと咲く」などの意味もあり、この場合はツヤツヤと咲く意味に用いたものかと思われる…と付け加えた。
 音楽教師はこの時、メロディーだけではなく、きっと歌詞の解説にも時間を割いたのであろう。
 その昔、宮中の女官たちは、豆腐のことを「おかべ」と言い「ウノハナ」は鮎のことであったとか。またテキヤの世界では雪が降ることを「卯の花」と言ったそうだが、卯の花とは豆腐のオカラと理解しているのが9割の人々であろう。それほど庶民生活に密着した食材であったのだが、最近は産業廃棄物に分類されているらしい。
 窓辺からイボタノキの匂いが入って来ると、決まって私は旧友の一人を連想してしまう。高校時代から気が合い親しく交際したのだが、13年前に急逝した。気のいいお人好しな面と、一徹な職人気質を併せ持った腕のいい「豆腐職人」であった。特に厚揚げには定評があり、遠方からでも買いに来る人が多くいた。そんなことからこの花を「卯の花」と思い込んでいた昨年までは、この花の香りが漂うと決まって豆腐のオカラを連想し、そして彼の命日を思い出した。その花が「卯の花」ではないと分かったのだが、これまでの思いに変わりはないだろう。
 その日は味を受け継いだ息子の作った「なんぜんじ」と厚揚げをかみしめながら、長い間の親交に感謝しよう。

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